【日月神示が告げる「戦争の終わり」:それはあなたの心の「大洗濯」から始まる】



【日月神示が告げる「戦争の終わり」:それはあなたの心の「大洗濯」から始まる】

多くの人が「いつ戦争は終わるのだろう」と願います。しかし、日月神示が告げる「戦争の終わり」は、単に武器を置くことや、表面的な停戦を指すものではありません。それは、私たちの世界と、私たち自身の内側で進行する、壮大な**「大洗濯(おおせんたく)」**のプロセスなのです。

1. 「ちょこい戦」ではない、世界規模の「大洗濯」とは?

日月神示は、現在の戦いを「ちょこい戦(ちょこい いくさ)」ではないと明確に述べています。

  • 「戦は今年中と云ってゐるが、そんなちょこい戦ではない、世界中の洗濯ざから、いらぬものが無くなるまでは、終らぬ道理がわからぬか。」

    • この言葉が示すように、神示が語る「戦」は、私たちがニュースで目にするような短期的な国家間の紛争だけを指すものではありません。それは、世界全体、そして私たち一人ひとりの心の中に存在する「いらぬもの」、すなわち「悪」や「不調和」を根本から洗い流す、壮大な浄化のプロセスなのです。
    • 「ちょこい戦」とは、私たちの狭い認識における、一時的で表面的な争いを指していると言えるでしょう。しかし、神の視点から見れば、それはもっと深く、より根源的な次元での「洗濯」が進行しているのです。
  • 神示はさらに、この戦いの本質をこう表現しています。 「臣民(人民)同同士のいくさでない、神と神、あかとあか、人と人、ニクとニク、タマとタマの戦ぞ。己の心を見よ、戦が済んでいないであろ、それで戦が済むと思ふてゐるとは、あきれたものぞ、早く掃除せぬと間に合はん、何より掃除が第一。」

    • これは、単なる人間同士の物理的な争いではなく、神と神(善悪の神々)、魂と魂、肉体と肉体、そして最終的には私たちの心の中に巣食う「悪のみたま」との戦いであることを示しています。私たちが自分の心の「掃除」をしなければ、真の戦いは終わらない、と強く警告しているのです。
    • 神示が「学と神力との戦」とも述べているように、人間の知識や論理だけでは解決できない、霊的な次元での戦いも含まれていることを示唆しています。

「太平洋戦争」に見る「大洗濯」の予兆

日月神示が降ろされた時期は、まさに第二次世界大戦が激化していた頃であり、その内容には当時の国際情勢や日本の状況を色濃く反映した記述が見られます。神示は、この世界大戦を単なる物理的な戦いではなく、より大きな「大洗濯」の一部として捉えています。

  • 「メリカもキリスは更なり、ドイツもイタリもオロシヤも外国はみないつに成て神の国に攻め寄せて来るから、その覚悟で用意しておけよ。神界ではその戦の最中ぞ。学と神力との戦と申してあろがな…」

    • この記述は、当時の連合国(アメリカ、イギリス、ソ連、そしてドイツやイタリアといった枢軸国側にも言及しながら、最終的に日本を攻める勢力として)が「神の国」(日本)に攻め寄せる様子を具体的に示しています。これは、現実の第二次世界大戦、特に太平洋戦争の状況と非常に重なる部分です。
    • さらに、この戦いは「学と神力との戦」であると強調されており、人間の知識や軍事力(学)だけでは対応できない、霊的な次元での戦いであることを示唆しています。
  • 「日本の国の臣民皆兵隊さんになった時、一度にドッと大変が起るぞ。」

    • 国民総動員体制となった当時の日本の状況を指し、その結果として「大変」が起きることを示しています。
  • 「戦いよいよ烈しくなると、日本の兵隊さんも、これはかなわんと云うことに成り、神は此の世にいまさんと云うことに成って来るぞ。」

    • 日本軍が苦戦し、兵士たちが「これはかなわない」と諦めざるを得ない状況、そして人々が「神はこの世にいないのではないか」とさえ感じるほどの過酷な状況が訪れることを暗示しています。
  • 「〇と二と四との大戦あると知らしてありたが、一旦は二と四との天下になる所まで落ち込むぞ、行く所まで行きて、ナの身魂とノの身魂の和合一致出来てから、スの身魂が天下統一、世界一平に成るのぢゃぞ。」

    • **「〇(神/日本)と二と四との大戦」**という表現は、日本と主要な連合国(例えば、アメリカ、イギリス、ソ連、中国など、2と4は具体的な国家や勢力の組み合わせを示唆していると考えられます)との世界規模の戦いを指していると解釈できます。
    • そして、一旦は「二と四との天下になる」つまり、連合国側が優勢となり、世界を支配するような状況になるが、最終的には「ナの身魂とノの身魂の和合一致」を経て、「スの身魂」が天下を統一し、世界が「一平(平和な一つの世界)」になるという、戦後の世界秩序の変革まで示唆しています。

これは、単なる物理的な戦いの描写に留まらず、その背後にある霊的な意味、すなわち、人類全体の魂の「大洗濯」が、このような激しい戦いを通して行われるという神示の根本的な教えを強調しています。

2. 戦いが「一時収まる」時が、最も危険な「誠の仕組の始まり」

神示は、ある時期に戦いが一時的に収まるような状況が訪れることを予言していますが、その時こそが最も警戒すべき時であると告げています。

  • 「戦は一度おさまるやうに見えるが、その時が一番気つけねばならぬ時ぞ、むかうの悪神は、今度は○の元の○を根こそぎに無きものにしてしまう計画であるから、そのつもりでフンドシ締めてくれよ。」

    • これは、表面的な平和が訪れたとしても、悪の勢力は水面下でより巧妙な計画を進めていることを示しています。彼らは、人々が油断し、気を緩めた隙を狙って、世界の根本原理である「神の元」を滅ぼそうとするかもしれません。
    • この「元を根こそぎにする計画」は、単なる政治的・経済的な支配にとどまらず、人類の精神性や魂の根源にまで及ぶ、深い企てであると読み取れます。
  • さらに、神示はこう続けます。 「今度の戦で何もかも埓(らち)ついてしまうやうに思ふてゐるが、それが大きな取り違ひぞ、なかなかそうは参らぬ、戦済んでも後の紛糾なかなか済まんぞ。人民いよいよに苦しくなるぞ。」

    • 戦後すぐに「全てが解決する」という安易な期待は、大きな誤解であると神示は警告しています。むしろ、戦いの後には、より複雑で深い社会的な混乱や、人々の心の「紛糾(ふんきゅう)」が続くことを示唆しているのです。これは、表面的な問題が解決しても、根本的な「洗濯」が進まなければ、新たな苦難が生じるという教えでもあります。

3. 真の終結は「神の御用」と「身魂の洗濯」を通じて

では、真の平和と新しい世はどのように訪れるのでしょうか。それは、私たち一人ひとりが**「身魂の洗濯(みたまのせんたく)」**を徹底することにかかっています。

  • 「いったん戦い収まるやうになりた時が、誠の仕組の始まりざぞ。てんじ様が世界中治じめして、外国には王はなくなるのざぞ。」

    • 戦いが一時的に収まる時こそが、「誠の仕組」、すなわち神による根本的な世界の立て直しが始まる合図です。これは、現在の国家体制や権力構造が根本から変革され、**「てんじ様(天地の親神様)」**が世界を統治する、これまでにない新しい秩序が到来することを示唆しています。
  • この変革を加速させるために、神は私たちに「身魂の洗濯」を促します。 「身魂の洗濯と御心の洗濯とは、魂ばかりの洗濯でないぞ、よく気をつけくれよ。」

    • 「身魂」とは、単なる「魂」だけでなく、「身(肉体)」と「魂」が一つになった状態を指します。つまり、「身魂の洗濯」とは、私たちの心だけでなく、行動や生活習慣、そして思考のパターンまでも、根本から清め、改めることを意味します。
    • 神示は「人間心捨ててしもうて、智恵や学に頼らずに、○(神)の申すこと一つも疑わず、生れ赤子の心の初心になりて、○の教え守ることぞ」 と、純粋で素直な心に立ち返ることの重要性を説いています。また、「天災や戦ばかりでは中々埒あかんぞ、根本の改めざぞ」 とあるように、外的な出来事だけでは根本的な解決にはならず、内なる変革が不可欠なのです。
  • そして、この「洗濯」を徹底すれば、戦いも自ずと収まると神示は伝えます。 「人民の心が改心すれば、戦ぐらい何でもなく終るぞ。」

    • これは、世界の様相が私たち一人ひとりの心のあり方に深く連動していることを示しています。心の洗濯が進めば、神の力が顕現し、あらゆる困難が解決に向かうという希望のメッセージです。
  • この「神の御用」とは、狐憑きや天狗憑きのような、霊媒を介した一時的な現象ではありません。 「○(神)憑かりと申しても、狐憑きや天狗憑きや行者のような○○憑かりでないぞ、真の○憑かりであるぞ、○憑かりとは、惟神(かんながら)のことぞ、これが神国の真の臣民の姿ぞ。惟神の国、惟神ぞ、○と人と融け合った真の姿ぞ、今の人民の言ふ惟神ではないぞ。」

    • 真の「神掛かり(○憑かり)」とは、私たち人間が、神の心と一体となり、神の意図に沿って行動する「惟神(かんながら)」の生き方を実現することなのです。それは、神と人が完全に融け合った状態を指し、この状態に至った身魂が、新しい世の礎となると示唆されています。

4. 「戦済んでからが念念(ねんねん)のイクサ」:終わりなき自己変革の道

日月神示の示唆する「戦争の終わり」は、ある意味で、より深い次元での戦いの始まりでもあります。

  • 「戦済んでからが念念(ねんねん)のイクサぞ、心引締めよ。」
    • 「念念のイクサ」とは、物理的な戦いが終わった後も、私たち自身の心の中で続く、煩悩や我欲との内的な戦いを指します。真の平和は、この内なる戦いを制し、魂が常に清められ、成長し続けることで初めて実現されるのです。
    • 神示は、「何事も○(神)の申すこと、一分一厘違はんぞ」 と繰り返し、その預言の絶対性を強調しています。この深遠な計画を理解し、協力するためには、「今度の岩戸開くのハ難儀のわからん人には越せんぞ」 とあるように、並々ならぬ覚悟と努力が必要であることを教えています。

おわりに

日月神示が私たちに伝える「戦争の終わり」は、単なる終戦記念日を祝うようなものではなく、世界と私たち自身の魂が根本から生まれ変わる、壮大で困難な「大洗濯」の時であると理解できます。

この変革の時代において、私たち一人ひとりに求められているのは、己の心を見つめ、「身魂の洗濯」を実践することです。表面的な平和に惑わされず、内なる「悪のみたま」との戦いに挑み、神の心と一体となる「惟神」の生き方を追求すること。それが、本当の意味での**「フジは晴れたり日本晴れ」**、嬉し嬉しのミロクの世を迎えるための、唯一無二の道なのです。

この神示の言葉を心に刻み、日々の生活の中で「掃除」を続け、真の「戦争の終わり」へと向かうことができるよう、意識的に生きていきましょう。


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